2012年度 第19回公募 雪舟国際美術協会展概要The 19th Sesshu International Art Society Exhibition
| 主 催 | 雪舟国際美術協会 |
|---|---|
| 後 援 | 文化庁/東京都 雪舟画頌宣揚会/雪舟賞制定委員会 NPO法人全国身体障害者・高齢福祉協議会 中国・中国美術学院/中国・浙江画院/中国・曹州書画院 中国・浙江省文化芸術発展有限公司 中国・寧波市藝雲堂文化交流中心 |
| 協 力 | 益田市雪舟顕彰会 |
| 会 期 | 2012年12月12日~23日(12月18日は休館日) |
| 時 間 | 10:00~18:00 |
| 会 場 | 東京六本木・国立新美術館 |
| 審 査 | 審査員による会場審査、及び写真審査 |
| 賞 | 大賞、準大賞、特選他各種あり |
資料のご請求について
ご応募を検討されている日本画・水墨画・書の芸術家の方は、詳しい条件・資料等をお送りいたしますので、
お問い合せフォームよりご連絡いただくか、書面にて住所/氏名/ジャンルを明記の上ご連絡下さいませ。
お問合せ: 雪舟国際美術協会/株式会社麗人社内(担当:伊藤)
TEL:06-6345-9957
FAX:06-6345-9959
今年も国立新美術館で開催、書画芸術の祭典、公募・雪舟国際美術協会展
1994年、「雪舟国際美術大賞展」として大阪で第1回展を開催した雪舟国際美術協会展。この第1回展直後に雪舟国際美術協会は発足されました。以後、発表の舞台は東京へ。1997年の第4回展から第7回展までは上野恩賜公園内「上野の森美術館」、2001年の第8回展から第13回展までは銀座の「東京セントラル美術館」で毎年開催してきました。そして2007年の第14回展からは、六本木の国立新美術館が会場となり、東京のアートシーンを彩る初冬の書画展として雪舟国際美術協会展は新たなスタートを切りました。
2007年1月に日本で5番目の独立行政法人国立美術館としてオープンした国立新美術館は、世界的建築家の故・黒川紀章氏による設計で、全面ガラス張りによる波打つような曲線が美しい斬新なフォルムです。また、「六本木アート・トライアングル」の一角をなすこの美術館は、アートの新しい発信基地として美術界をはじめ、マスコミからの注目度が高いことでも知られています。
過去4年の第15~18回展では来場者が連日絶える事なく、のべ約3万7000人の人々が訪れ、選ばれた個性ある書画作品の数々を堪能。また、画家や評論家などの美術関係者も多数来場し、「多種多様な作風が見られる公募展」として、美術界でも常に話題となっています。既に多くの人々が注目し、年を追う毎に水準の高まっている雪舟国際美術協会展。2012年の第19回展もこの国立新美術館にて開催し、更に質の高い展覧会を目指します。どうぞご期待下さい。

雪舟国際美術協会について
雪舟国際美術協会は株式会社麗人社を運営母体として、1994年に発足しました。室町時代の画僧・雪舟の名を冠にその精神を受け継ぎ、自由で独創的な作品を展観。会派や師弟というしがらみを越えた繋がりの中から、新しい芸術を創出する事を目的としています。多くの公募団体に今なお存在する、「上下関係に基づいたヒエラルキー(ピラミッド型の階層)」を排除している事が本協会の大きな特徴です。
2002年には本協会による初の海外展「雪舟没後500年記念展 書画掛軸の美」をフランス・パリで展開し、創立10周年を迎えた2003年には、書画芸術の本場である中国・浙江省の国立・西湖美術館で中日両国の芸術家による合同展「中日現代国際美術展」を開催しました。この「中日現代国際美術展」は、中国側からの強い要望により2005年にも第2回展が開催され、芸術による両国の友好を再確認する機会となっています。
雪舟国際美術協会は、毎年11月末から12月にかけて定期的に「雪舟国際美術協会展」を開催しており、会員以外の一般からもこうした趣旨に添った優れた作品を公募しています。「東洋芸術世界へ」のスローガンと共に、書画芸術の魅力を世界各国に伝えて行きたいと考えています。
設立の由来について
雪舟は、一説によると文亀2年(1502年)石見国(現在の島根県益田市)で没したと云われています。この雪舟終焉の地では、各方面からの協力によって大正15年(1926年)に平山成信男爵を会長とし、当時の著名な日本画家・山元春挙、川合玉堂、土田麦僊、村上華岳、入江波光、福田平八郎、伊東深水ら67名によって「雪舟終焉地保存会」が結成され、昭和4年(1929年)には時の若槻内閣総理大臣の協力によって雪舟没後425年記念事業が盛大に行われました。その後、世相の移り変わりもあって保存活動が途切れ、戦後の昭和25年(1950年)、地元の有志たちによって「雪舟終焉地保存会」が再生、昭和30年(1955年)には雪舟没後450年記念事業が行われました。
ところがこの会も永続する事ができず、雪舟終焉地は荒れるままに放置され、昭和55年(1980年)に益田市民の協力によって「益田市雪舟顕彰会」として神崎益田市長を会長に再々発足となったのです。この会の最重要目標として、雪舟美術館の建設がありましたが、平成4年(1992年)に益田市立・雪舟の里記念館が完成し、時の竹下内閣総理大臣が打ち立てた、各都道府県に1億円ずつ国税を充てるという「ふるさと創生論」で、島根県が入手した雪舟筆・国重要文化財「益田兼堯像」の軸装作品をはじめ、大正15年の創立以来収集してきた書画に関する全ての資料をここで展観する事となりました。
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| 雪舟の墓に協会設立の報告をする | 益田市雪舟顕彰会理事会に参加する麗人社代表・野口 (右から3番目) |
雪舟国際美術協会の母体である株式会社 麗人社は、平成5年(1993年)の創立時より美術関係の出版物や展覧会を扱う会社として「東洋芸術、世界へ」をスローガンとし、優れた書画を広く海外に普及させる事を一つの企業目的としています。
「書画一如、いわば書をする人は画もし、画をする人は書もする。また日本画の基礎は水墨にあり」という定説どおり、三位一体での大規模な展覧会を計画していた麗人社代表の野口和男は、古くより親交のあった水墨画家・雪舟研究家の土井白亭氏、美術評論家の故・水上杏平氏らと会合を持ち、企業活動として新機軸となる情報を求めたところ、土井氏が前述の益田市雪舟顕彰会・理事兼大阪支部長であり、大阪支部の事務局を麗人社内に設置し、書画作家の活動を何らかの形で支援してはどうかという提案がありました。
しかし、縱の繋がりが重要視される日本の美術界において、自由な会風の美術団体を設立して、個性を重視した作品発表の場を作りたいという野口の意向は強く、折衷案として麗人社内で大阪事務局を受け入れるのではなく、雪舟の名を冠に「雪舟国際美術協会」という美術団体を麗人社内に設立する事となりました。そして益田市の雪舟が残した遺業を後世に伝え残すという顕彰活動にも協力を惜しまず、この協会に入会する作家たちが雪舟の精神を規範にするという事を前提に、益田市雪舟顕彰会はその姉妹団体として位置付けられました。
早速、平成6年(1994年)6月23日、土井氏と共に野口は益田市を訪問し、地元の益田市雪舟顕彰会会長、伏谷強氏をはじめ益田市立・雪舟の里記念館館長、矢富厳夫氏らと雪舟庭園の前でこの姉妹団体化について会議を開き、同顕彰会の理事会にも参加、ここで同意を得て両団体の協力体制が整った訳です。
折しも、関西では平成6年の関西国際空港の開港を控えて、様々なイベントが企画される中、美術関係の開港記念企画展は、書家による「飛・空・翼・翔・展」(日本書芸院の書家たちが色紙に飛・空・翼・翔の各1文字を書いた色紙展で、大阪・高島屋で開催された)のみでした。そこで、同年9月の開港を記念し、増えるであろう外国からの来阪者たちに書画をアピールする最も大きな展覧会として「第1回雪舟国際美術大賞展」を企画し、大阪府や大阪21世紀協会の後援のもと、この展覧会を実現したのです。そして、この出展者の中から会員を募る事となり、ここで大賞の受賞者となった武藤孤舟氏が初代会長に就任する事になりました。
また、この展覧会には雪舟の故郷である岡山県総社市の教育委員会からも関係者が訪れ、「近い将来、雪舟の名を冠にした展覧会を企画しているため、企画書などを参考にさせて欲しい」との申し入れがあり、この展覧会にまつわる様々な資料を提供しました。これが後の「雪舟の里・総社 墨彩画公募展」となったのです。以来、益田市に加え、この総社市教育委員会とも繋がりが生まれ、本協会からも同展への応募を推進しています。
この第1回展を機に、既存の著名僧侶からなる雪舟画頌宣揚会(会長・東福寺派管長、福島慶道氏)や、雪舟賞制定委員会(会長・元仏教大学学長、水谷幸正氏)との繋がりも生まれ、現在本協会展で受賞した作家への表彰状は両会より発行されています。
後世に名を連ねる画家たちが創立した由緒ある団体との提携によって誕生した雪舟国際美術協会。それはかつて土田麦僊、入江波光、そして村上華岳が西洋の芸術を素直に受け入れた様に、柔軟な姿勢で芸術を生み出す心、森羅万象から芸術を摘み取る事のできる感性を持つ作家の集合体でありたいと願っています。
画僧・雪舟とは
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| 雪舟等楊 自画像 (1420~1502または1506) 徳力善雪(1599~1680)模 |
雪舟は応永27年(1420)、備中(現在の岡山県)の国分寺や国府が位置する総社あたりに生まれたと言われています。幼い日の雪舟は、禅僧となるべく「涙でネズミの絵を描いた」(注)という伝説がある宝福寺に入り、その後さらに学問を修めるため京都の相国寺に身を寄せました。そこで当時水墨画の第一人者であった同寺の周文に絵を学び、その才能を開花させる事になったのです。
雪舟は、膨大な数の作品を残していますが、「雪舟」という名を名乗り始める40代半ば以前の事については、様々な説があります。画家として絵筆を取るようになったのが比較的遅かった雪舟ですが、研究者の間では、同年代に活躍した正体不明の画家「拙宗」が、後の雪舟であると考えられています。両者を同一人物とするのは、画面構成や人物像の類似性以外にも、両者に共通する周防(現在の山口県)所縁の賛者がいる事、拙宗等揚と雪舟等楊の活躍した年代からも推測されています。
(注)いたずらをして柱に縛られた幼い雪舟が、そのこぼした涙を足の指でなぞり、まるで生きているかの様なネズミを描いたという伝説。
その後雪舟は周防に下り、明に渡るきっかけをつかみました。応仁の乱が勃発した直後の応仁元年(1467)、遣明使船で寧波に渡り、僅か2年にも満たない滞在期間でしたが、宮廷画家として活躍した李在から画法を学び、多くの文人たちとの交流をもった事は、後の雪舟に大きな影響を与えたに違いないでしょう。帰国後一旦博多で小庵を構え、文明11年(1479)には山口県に戻っていますが、一ヶ所に落ち着く事なく各地を転々としながら創作を続けたようです。
また戦乱の時代という背景の中で、彼は自己の理想とする山水表現を追求するため、生涯禅の精神的鍛錬を深めたといわれています。筆と墨による表現の可能性に対する徹底した探求は、石見(益田)もしくは備中・重玄寺でその生涯を終えるまで、まったく衰える事がなかったと云われています。一人の画家として、また禅僧として、生涯常に新たであろうとし続けた苛烈な姿こそが、現代の芸術家たち、そして私たちに投げかけているメッセージなのかもしれません。
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|---|---|---|
| 雪舟筆「益田兼尭像」 | 雪舟筆「秋冬山水図(冬図)」 | 雪舟筆「秋冬山水図(秋図)」 |
過去の雪舟国際美術協会展
| 主 催 | 雪舟国際美術協会 |
|---|---|
| 後 援 | 文化庁/東京都 雪舟画頌宣揚会/雪舟賞制定委員会 NPO法人全国身体障害者・高齢福祉協議会 中国・中国美術学院/中国・浙江画院/中国・曹州書画院 中国・浙江省文化芸術発展有限公司 中国・寧波市藝雲堂文化交流中心 |
| 協 力 | 益田市雪舟顕彰会 |
| 会 期 | 2011年12月7日~18日(12月13日は休館日) |
| 時 間 | 10:00~18:00 |
| 会 場 | 東京六本木・国立新美術館 |
| 審 査 | 審査員による会場審査、及び写真審査 |
| 賞 | 大賞、準大賞、特選他各種あり |
| 雪舟大賞 |
|---|
![]() 和田 芝香「祈り」 |
| 雪舟準大賞 | |
|---|---|
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| 外山 芳月「よあけ」 | 前 佳久 「日向ぼっこ」 |
| 特 選 | ||
|---|---|---|
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| 越智 永城「水」 | ナカムラ ヒデオ「船出」 | 安枝 楠游 「旭日(臥竜梅)」 |
| 審査員特別賞 | |||
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| 井下 如雲 | 臼井 峰月 | 武井 寿々子 | 竹内 楓雲 |
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| 田辺 怜子 | 多門 志風 | 常数 常山 | 中村 蒼汀 |
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| 中村 土光 | 根津 心葉 | 山口 豊泉 | |
※敬称略・五十音順
| 主 催 | 雪舟国際美術協会 |
|---|---|
| 後 援 | 雪舟画頌宣揚会/雪舟賞制定委員会 NPO法人全国身体障害者・高齢福祉協議会 中国・中国美術学院/中国・浙江画院/中国・曹州書画院 中国・浙江省文化芸術発展有限公司 中国・寧波市藝雲堂文化交流中心 |
| 協 力 | 益田市雪舟顕彰会 |
| 会 期 | 2010年12月8日~19日(12月14日は休館日) |
| 時 間 | 10:00~18:00 |
| 会 場 | 東京六本木・国立新美術館 |
| 審 査 | 審査員による会場審査、及び写真審査 |
| 賞 | 大賞、準大賞、特選他各種あり |
| 雪舟大賞 |
|---|
![]() 岩井 春嶺 「逆巻く」 |
| 雪舟準大賞 | |
|---|---|
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| 磯川 克子 「夢想(二)」 | 内村 玉華 「韋舎人が早朝に同す」 |
| 特 選 | ||
|---|---|---|
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| 赤澤 一響 「百八煩悩」 | 音羽 凌 「雪のサクラ」 | 古関 聖慈 「勢至菩薩立像」 |
| ※ブラウザの関係上、正しい漢字が表示できておりません。 「凌」の文字は本来、にすいの部分がさんずいです。ご了承下さい。 |
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| 審査員特別賞 | |||
|---|---|---|---|
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| 阿部 美絵子 | 今井 千津子 | 石毛 龍泉 | 石森 映華 |
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| 大塚 孝陽 | 越智 永城 | 鎌田 緑翠 | 佐藤 春黎 |
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| 澤井 幸男 | 田中 桑苑 | 田辺 怜子 | 多門 志風 |
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| 常数 常山 | 森 湘澄 | 森田 緑 | |
| 入賞に準ずる作品 | |||
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| 足利 華嶂 | 大根田 タミ | 土田 和子 | 原田 紫峯 |
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| 廣瀬 渓仙 | |||
※敬称略・五十音順
| 主 催 | 雪舟国際美術協会 |
|---|---|
| 後 援 | 雪舟画頌宣揚会/雪舟賞制定委員会 NPO法人全国身体障害者・高齢福祉協議会 中国・浙江画院/中国・中国美術学院/中国・曹州書画院 中国・浙江省文化芸術発展有限公司 中国・寧波市藝雲堂文化交流中心 |
| 協 力 | 益田市雪舟顕彰会 |
| 会 期 | 2009年12月9日~12月20日 |
| 会 場 | 東京六本木・国立新美術館 |
| 雪舟大賞 |
|---|
![]() 笠沼 恭欣「落葉」 |
| 雪舟準大賞 | |
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| 長野 松喬「鉄心肝」 | 中西 滄淵「夏草の海」 |
| 特 選 | ||
|---|---|---|
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| 明「霊峰富士 茜」 | 林 芳洲「秋風」 | 和田 芝香「兵士の悟り」 |
| 審査員特別賞 | |||
|---|---|---|---|
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| 東 雅山 | 安藤 華舟 | 糸永 仙游 | 大波 久夫 |
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| 坂 和峰 | 坂井 タツコ | 渋沢 榮 | 真野 玉淳 |
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| 武市 斉考 | 田中 生水 | 手束 知与美 | 萩本 紫苑 |
※敬称略・五十音順





























































