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雪舟国際美術協会
雪舟国際美術協会について

 雪舟国際美術協会は株式会社麗人社を運営母体として、1994年に発足しました。室町時代の画僧・雪舟の名を冠としてその精神を受け継ぎ、自由で独創的な作品を展観し、会派や師弟の枠を越えた繋がりの中から、新しい芸術を創出する事を目的としています。

 2002年には本協会による初の海外展「雪舟没後500年記念展 書画掛軸の美」をフランス・パリで展開し、創立10周年を迎えた2003年には、書画芸術の本場である中国・浙江省の国立・西湖美術館で中日両国の芸術家による合同展「中日現代国際美術展」を開催しました。この「中日現代国際美術展」は、中国側からの強い要望により2005年にも第2回展が開催され、芸術による両国の友好を再確認する事が出来る機会となっています。

 雪舟国際美術協会は、毎年11月末から12月にかけて定期的に「雪舟国際美術協会展」を開催しており、会員以外からもこうした趣旨に添った優れた作品を一般公募しています。「東洋芸術世界へ」のスローガンと共に、書画芸術の魅力を世界に伝えて行きたいと考えています。

設立の由来について

 雪舟は、一説によると文亀2年(1502年)石見国(現在の島根県益田市)で没したと云われています。この雪舟終焉の地では、各方面からの協力によって大正15年(1926年)に平山成信男爵を会長とし、当時の著名な日本画家・山元春挙、川合玉堂、土田麦僊、村上華岳、入江波光、福田平八郎、伊東深水ら67名によって「雪舟終焉地保存会」が結成され、昭和4年(1929年)には時の若槻内閣総理大臣の協力によって雪舟没後425年記念事業が盛大に行われました。その後、世相の移り変わりもあって保存活動が途切れ、戦後の昭和25年(1950年)、地元の有志たちによって「雪舟終焉地保存会」が再生、昭和30年(1955年)には雪舟没後450年記念事業が行われました。

 ところがこの会も永続する事ができず、雪舟終焉地は荒れるままに放置され、昭和55年(1980年)に益田市民の協力によって「益田市雪舟顕彰会」として神崎益田市長を会長に再々発足となったのです。この会の最重要目標として、雪舟美術館の建設がありましたが、平成4年(1992年)に益田市立・雪舟の里記念館が完成し、時の竹下内閣総理大臣が打ち立てた、各都道府県に1億円ずつ国税を充てるという「ふるさと創生論」で、島根県が入手した雪舟筆・国重要文化財「益田兼堯像」の軸装作品をはじめ、大正15年の創立以来収集してきた書画に関する全ての資料をここで展観する事となりました。

雪舟の墓に協会設立の報告をする 益田市雪舟顕彰会に参加する麗人社代表・野口(右から3番目)

雪舟の墓に協会設立の報告をする
 
益田市雪舟顕彰会理事会に参加する麗人社代表・野口 (右から3番目)

 


 雪舟国際美術協会の母体である株式会社 麗人社は、平成5年(1993年)の創立時より美術関係の出版物や展覧会を扱う会社として「東洋芸術、世界へ」をスローガンとし、優れた書画を広く海外に普及させる事を一つの企業目的としています。

 「書画一如、いわば書をする人は画もし、画をする人は書もする。また日本画の基礎は水墨にあり」という定説どおり、三位一体での展覧会を計画していた麗人社代表の野口和男は、古くより親交のあった水墨画家・雪舟研究家の土井白亭氏、美術評論家の故・水上杏平氏らと会合を持ち、企業活動として新機軸となる情報を求めたところ、土井氏が前述の益田市雪舟顕彰会・理事兼大阪支部長であり、この大阪支部事務局を麗人社内に設置し、書画作家の活動を支援してはどうかという提案がありました。

 しかし、縱の繋がりが重要視される日本の美術界において、自由な会風の美術団体を設立して、個性を重視した作品発表の場を作りたいという野口の意向もあり、折衷案として麗人社内では雪舟の名を冠に「雪舟国際美術協会」という美術団体を設立する事となりました。そして益田市の雪舟が残した遺業を後世に伝え残すという顕彰活動にも協力を惜しまず、この協会に入会する作家たちが雪舟の精神を規範にするという事を前提に、益田市雪舟顕彰会が姉妹団体として位置付けられました。

 早速、平成6年(1994年)6月23日、土井氏と共に野口は益田市を訪問し、地元の益田市雪舟顕彰会会長、伏谷強氏をはじめ益田市立・雪舟の里記念館館長、矢富厳夫氏らと雪舟庭園の前でこの姉妹団体化について会議を開き、同顕彰会の理事会にも参加、ここで両団体の協力体制が整った訳です。

 折しも、関西では平成6年の関西国際空港の開港を控えて、様々なイベントが企画される中、美術関係の開港記念企画展は、書家による「飛・空・翼・翔・展」(日本書芸院の書家たちが色紙に飛・空・翼・翔の各1文字を書いた色紙展で、大阪・高島屋で開催された)のみでした。そこで、同年9月の開港を記念し、増えるであろう外国からの来阪者たちに書画をアピールする最も大きな展覧会として「第1回雪舟国際美術大賞展」を企画し、大阪府や大阪21世紀協会の後援のもと、この展覧会を実現したのです。そして、この出展者の中から会員を募る事となり、ここで大賞の受賞者となった武藤孤舟氏が初代会長に就任する事になりました。

 また、この展覧会には雪舟の故郷である岡山県総社市の教育委員会からも関係者が訪れ、「近い将来、雪舟の名を冠にした展覧会を企画しているため、企画書などを参考にさせて欲しい」との申し入れがあり、この展覧会にまつわる様々な資料を提供しました。これが後の「雪舟の里・総社 墨彩画公募展」となったのです。以来、益田市に加え、この総社市教育委員会とも繋がりが生まれました。

 この第1回展を機に、既存の著名僧侶からなる雪舟画頌宣揚会(会長・東福寺派管長、福島慶道氏)や、雪舟賞制定委員会(会長・元仏教大学学長、水谷幸正氏)との繋がりも生まれ、現在本協会展で受賞した作家への表彰状は両会より発行されています。

 後世に名を連ねる画家たちが創立した由緒ある団体との提携によって誕生した雪舟国際美術協会は、かつて土田麦僊、入江波光、そして村上華岳が西洋の芸術を素直に受け入れた様に、柔軟な姿勢で芸術を生み出す心、森羅万象から芸術を摘み取る事のできる感性を持つ作家の集合体でありたいと願っています。

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